住宅の時代は終わったというが・・・ B
『1世帯1住宅の夢の実現』
昭和48年(1973)年に、はじめて住宅ストックの総数が、世帯数を上回った。そしてその5年後の調査では、都道府県単位でみても、ストック総数が世帯数より少ないところは、1つもなくなった。「1世帯1住宅」が実現したのである。
1戸あたりの平均面積も、昭和53年には80uを超えた。80uというと約25坪である。今日でもマンションでは、25坪を越えると、広さに対する不満が急に減ることが、知られている。それを見ても、80uというのは、住宅では一応の水準だということがわかる。
『住宅事情の実態』
住宅は、数の上でも広さの上でも、充足したように見える。ところが、そうではない。密集住宅地に建つ狭小敷地の住宅が、膨大な数ある。賃貸住宅の広さはストック平均の50%、持家の40%しかない。
その上大きな問題は、不動産であるはずの住宅が、完全に耐久消費財化してしまっていることだ。寿命は25年とか30年とか。流通耐用年数に至っては、15年でしかない。
これは、人口比でみてアメリカの約2倍というハイペースで建ってきた、“住宅建設狂奏曲”の宴の跡みたいなものである。食い散らかした後がいっぱい残っている。それを片づけないでは、先には進めなかったはずである。しかし何故か、そうはならなかった。
『住宅建設狂奏曲こそ終わったが』
昭和40年代末から50年代はじめは、戦後経済の1つの頂点をなす。需要過剰型から供給過剰型の先進工業国へと転換したのは、この時期である。住宅建設もこの時期、1つの頂点を迎えた。
ところがそれから15年、どういうわけか経済はものすごい勢いで成長した。
そのような経済背景が、その後の住宅建設のあるべき姿を、すっかり変えた。宴の跡、片づけもせず、そのまま走りつづけたのである。そして、21世紀を迎えた。
こんご宴の跡片づけだけで、住宅にはまだ膨大な需要が見込める。ただそれを開拓するには、まったく新しい戦略が必要だろう。しかしどのメーカーにも、それをまだ持ち合わせてはいないように見える。